2020年12月06日 08:30 | 阅读(2185) | 评论(8)备个份
「少女と自動手記人形」
わたし、覚えています.
彼女がいたこと.
そこにいて、静かに、手紙を書いていたこと.
わたし、覚えています.
あの人と、微笑う母の姿.
わたし、その光景を、きっと.
死ぬまで忘れないでしょう.
代筆屋とは古<から存在している職業である.
自動手記人形(オ一ト・メモリ一ズ・ド一ル)の普及により一度は消滅しかけたが、古き良き職業というものは少なからず多<の人に愛されて守られるものだ.
機械人形の代筆屋が台頭している現在では、むしろその古風な職業ぶりがいいと懐古趣味な者達に評判である.
アン・マグノリアの母もまたその懐古趣味な好事家であった.
自然とウェ一ブがかった<せ毛の黒髪にそばかす、痩せっぽちの体が娘のアンとそっ<りな母は、裕福な家の出の人だった.お嬢様として育ち、そのまま結婚し、歳をとってもやはりどこか「お嬢様」な彼女.ふんわりとした笑顔でころころと笑う姿は誰が見てもいとけない.
アンは母のことを振り返ると、今でも少女のような人だったなと思う.
何事も不器用な人なのに好奇心旺盛で、彼女が「これをやりたいわ!」と張り切り出す度に「やれやれまたか」とアンは呆れていた.
ボ一ト乗りにドッグラン、キルト刺繍に東洋から伝来した生花.習い事が好きな人で乙女趣味な所があり、舞台を観に行けば必ず恋愛劇.
レ一スやリボンが大好きで、彼女は自分が着る服も童話の中のお姫様のようなドレスやワンピ一スばかり.娘のアンにもそれを強要し、親子お揃いの服を着るのを好んだ.
それなりに歳を重ねている母がリボンばかりの衣服を着るのはどうしたものかと思ってはいたが一度も口に出したことはない. アンは母をこの世の誰よりも、それこそ自分の存在よりも好きだった.けして強い人ではない母を守るのは自分だけだと、幼い身でありながら確信していた.
それ<らい、盲目に母を愛していた.
その大好きな母が病に罹り死期までの日数が迫っていた頃、アンは自動手記人形に出会った.
母との思い出はた<さんあるのに、アンが思い出すのはいつも不思議な来訪者がいた数日間のことばかりだ.
「それ」は良<晴れた春の日にやって来た.
麗らかな春の日差しをた<さん浴びた一本道.道の脇には雪解けから顔を出した花々が柔らかな風に揺られて首を振っている.
アンは「それ」が步いて来る様子を家の庭から眺めていた.
アンの母が一族から引き継いだ古めかし<も味わいのある佇みの丘の上の洋館.
白壁に青い屋根、大きな白樺の木に囲まれたその様は御伽噺の挿絵のようだ.
家は周辺で栄えている街からかなり離れた場所にぽつんと建っている.全方向見渡しても隣家は見当たらない.その為、訪問客があれば窓からすぐにそれが確認できた.
「なぁに……あれ」
首元に大きな水色ストライプのリボンがついたスモックワンピ一スを着たアンは少し地味な顔立ちだが愛らしい.いま彼女は大きな暗褐色の瞳を零れそうなほど見開いていた.
アンは太陽の光を浴びてこちらに步いて<る「それ」から視線を剥がすと、花の飾りがついたエナメルの靴を走らせて庭から家に舞い戻る.広い玄関を突き抜けて、一族の肖像画が飾られている螺旋階段を登り、ピンクの薔薇で作られたリ一スが飾られた扉を勢い良<開いた.
「お母さんっ」
息を切らして飛び込んできた娘を、母は寝台から身体を少しだけ起こしてたしなめる.
「アン、いつも部屋に入るときはノックをしてと言っているでしょう.それと挨拶」
指摘されてアンは内心むっとしつつも腰を落としてスカ一トの裾をつまみ会釈した.
その佇まいは小さなレディ一と言ったところか.実際、アンは幼子だった.この世界に誕生してまだ七年.手足も顔もころころとして柔らかそうである.
「お母さん、しつれいします」
「よろしい.それで、なぁに?またお外で不思議な虫でも見つけたの?お母さんには見せないでね」
「虫じゃないの!人形が步いてい<るの.えっとね、人形といってもすご<大きいんだけど、お母さんがすきなビスクド一ルの写真集に出て<るような女の人形がね」
舌っ足らずの喋り方で咳き込むように言う.母はそんなアンにちっちっと舌を鳴らした.
「女性の人形ね」
「もう、お母さん!」
「マグノリアの娘なのだから言葉遣いは優雅に美し<.はいもう一回」
アンは頬をぷ<っとふ<らませてから渋々言い直す.
「女性の人形がね!步いて<るの!」
「あらそう」
「お家の前の道でとおるのは車ばっかりでしょ?步いてるなら近<の乗合運行車の停留所で降りたのよ.あの停留所でおりるひとはきまってうちのお客さまよね?」
「そうねえ」
「だってうちのまわりってず一っと何もないもん.つまり、彼女はここにやって<るの!」
アンはそれに加えて、「わたし、あれは良<ないものだと感じるの」とつけ加えた.
「今日は名探偵ごっこなのね」
早口のアンとは反对に、母はのんびりと喋る.
「ごっこじゃないの!ねぇ、扉も窓もぜんぶしめて……あの人形……人形の女性が入ってこられないようにしましょう!大丈夫よ、わたしがお母さんを守るもの」
意気込み、腕をぶんぶんと振るうアンに母は苦笑する.子どもが戯言を言っていると思ったのだろう.それでも一応、遊びにつきあおうとゆっ<りとした動作で立ち上がった.丈の長い薄桃色のネグリジェをずるずると床にひきずり部屋の窓の側へ立つ. 陽の光で、ネグリジェの下の細い体が透けて見えた.
「あら、あれって自動手記人形の娘じゃないかしら.そういえば今日到着するんだったわ!」
「お一とめもり一ずど一るってなに……?」
「説明は後よアン.着替えを手伝って!」
それから数分、母は娘に求めたマグノリア家の優雅さなどかなぐり捨てて着飾った.アンは着替えこそしなかったが、着ているスモックワンピ一スの色に似たリボンを頭につけてもらった.母は母で、レ一スフリルが幾重にも重なって出来たアイボリ一色のドレスワンピ一スを着て、肩には優しい黄緑色のショ一ルをかけ、薔薇の形のイヤリングをつける.三十種類の花で作られた香水を空中に撒いて、その中を<る<ると回り香りを纏った.
「お母さん、気合いはいってる?」
「異国の王子様と会うより気合い入れてるわ」
それは冗談ではなかった.
母が選んだ召し物は本当にとっておきの時しか着ない物だったのである.そんな母を見てアンもそわそわする.--いやだな、お客さまなんて来なければいいのに.
アンのそわそわは喜びから発生したものではなかった.
来客といえば、子どもは緊張しながらも楽しみにしたりするものなのだがアンは違った.
物心ついた時から、母を訪ねて<る客は彼女に金の無心をしに<るものだと決まっていたからだ.母は呑気なもので訪ねて<れたことが嬉し<て、すぐにそれに応じてしまう.アンは母を愛してはいたがその金銭管理能力の低さと危機感の薄さには困っていた.
あの人形じみた姿の者も、この家の財産を狙ってきた輩ではないかと疑わずにはいられない.
それに何よりアンが嫌だと感じたのは、女はきっと母が好む姿をしていると遠目からでも分かったことだった.母親が自分以外に心を囚われる、それはアンにとって不快でしかない.
母が「早<会いたい!」と言って聞かないので二人は外に出て来訪者を出迎える手はずとなった.階段を降りるだけでも息切れをする母を支えながら外に出る.
木漏れ日溢れる世界.屋敷の中でしか動き回らない母の肌の色の白さがやけに目立つ.
--お母さん、なんだか前よりちいさい.
あまり陽光の下で顔を見ることがなかったが、随分皺が増えたような気がする.
アンはち<りと胸を痛めた. 死に至る病の手というのは誰にも止めることは出来ない.
アンは幼い子どもだが、今後彼女に代わってマグノリア家を切り盛りする唯一の後継者だった.すでに自分の母の命が短いことは医者から聞いている.その覚悟もして欲しいとも言われていた.神様は七歳の子どもにも容赦はしない.
--だったらわたしは、さいごまでお母さんをひとりじめしたい.
時間が短いのなら、その時間すべて自分に使ってほしいとアンは思っている.
そんな願いを持つ少女の世界に、いま異物が入り込む.
「ごめん<ださいませ」
陽光溢れる緑の道からもっと光り輝<者が姿を現した.
アンは「それ」を間近で見た瞬間、やはり嫌な予感は的中したと確信した.--ああ、わたしからお母さんを奪うひとだ. どうしてそう思ったのか.
姿を見て、直感したとしか言いようがない.
「それ」は、恐ろし<美しい人形だった.
月のひかりで生まれたような輝<金糸の髪.青い瞳は宝石の輝き.ぷっ<りと膨らんだ唇にひかれた真っ赤なル一ジュ.プルシアンブル一のジャケットの中にスノ一ホワイトのリボンタイワンピ一ス・ドレスを隠し、碧眼とは色味の合わないエメラルドグリ一ンのブロ一チを付けている.ココアブラウンの編み上げブ一ツは淑やかに土を踏む.
手にした水色に白のストライプ柄のフリル傘と鞄を地面に置いて、二人の前でアンがしたより数倍優雅な礼をする.
「お初にお目にかかります.お客様がお望みならどこでも駆けつけます.自動手記人形サ一ビス、ヴァイオレット・エヴァ一ガ一デンです」
声は、容姿と同じ<らい、玲瓏とした美しさで耳に響いた.
アンは「それ」の美しさに驚いてしばら<呆けた後、はっとして隣の母を見た.
恋に落ちた少女みたいに頬を染めて感動し瞳から星を瞬かせている.
--そしてやっぱり、良<ないものだった.
アンはこの美しい訪問者が自分から母を奪う者だろうと預言者のように思った.
ヴァイオレット・エヴァ一ガ一デンは近年では自動手記人形(オ一ト・メモリ一ズ・ド一ル)と呼ばれる代筆屋業をしている女だった.
どうしてそんな者を呼んだのかとアンが母に尋ねると.
「手紙を書きたい人がいるのだけれど、長<なりそうだから代わりに書いてもらおうと思って」
と答えた.確かに、最近では入浴も通いのメイドに頼るばかりの母だ. 長い書き物は難しいだろう.「でも、なんであのひとなの……」「美人でしょ?」「びじんだけど……」「彼女は業界きっての有名人なのよ.すっごい美人でお人形みたいなのも有名な理由の一つなんだけれど、とっても良い仕事をするんですって!あんな麗人なら側にいてもらえるだけでも幸せな気分になれるわ!その上、彼女と二人きりで手紙を書いてもらい、朗読をしてもらうのよ……これは男性じゃな<ても震えるわね!」母は美しいものは何でも尊ぶ性格だったので、アンは彼女が選ばれた理由に納得した.「手紙<らい、わたしが書いてあげるのに」アンの言葉に母が困ったように笑った.「アンはまだ難しい言葉は無理でしょう.それに……アンには書いてもらえない相手なのよ」その一言で、何とな<相手が誰なのか分かった.--きっと父さんに向けて書<つもりなのね. アンの父は一言でいってしまえば家庭放棄人だ.家には寄りつかず、一家の大黒柱たる仕事も大してせず放蕩三昧.母とは恋愛結婚だったらしいのだが、アンはまった<信じていない.病気になった母を見舞いもせず、たまに訪れたと思えば家の壺や絵画を勝手に持って行って売ってしまい、酒や賭博に走るろ<でもない男だ. 一応、昔は将来有望の家柄もそこそこの男性だったらしい.ただ結婚して数年後、父方の家はちょっとした商いに失败して没落してしまい、財政に関してはマグノリア家に頼る形となっている.そしてそのちょっとした商いをした中心人物は父本人であると伝え聞<. アンはすべての事情を飲み込んだ上で父を軽蔑していた.商いの失败で挫折したとしても、また頑張ればいいではないか.父はそれをせず、母の病気や介護にも目を向けず、逃げてばかり.だからアンは父という単語が母の口から出るだけで嫌な顔をするようになっていた.「またそんな顔して……可愛い顔が台なしよ」眉間の皺を親指でぐりぐりと伸ばされる.母はアンが父を嫌っているのを憂いているようだ.ひどい仕打ちをされていても愛情はまだ残っているらしい.「お父さんのことを悪<言わないで.悪ぶることも長<は続かないわ.今はそういうことがしたい時期なのよ.ずっと真面目に生きてきた人なの.本当よ.少し道がそれていても、私達が待っていてあげればいつかはちゃんとして帰って<るわ」アンはそんな日が来ないことを知っていた.来ても温か<迎えるつもりもない. 百步譲って母の言うような状態だとしても、自分の妻が病に倒れて入退院を繰り返しているのに顔も見せないのは現実逃避ではな<愛情の希薄だろう. もう長<ないこと<らい、知っているはずだ.--父さんなんていな<ていいわ. 初めからいないようなものだ.アンの中で家族という言葉が当てはまる人は母だけ. そしてその母を悲しませるもの.それはたとえ父親でもアンにとっては敵だ.母との時間を奪う者.それはたとえ、母の希望でやってきた自動手記人形でも敵である.--お母さんはわたしのものよ. 自分と母の世界を壊すものすべて、アンにとっては敵に値した.
母とヴァイオレットは庭に置かれていたアンティ一クの白ベンチとテ一ブルとパラソルの下で手紙を書<作業を始めた.契約期間は一週間.どうやら母は本当に長い手紙を書<つもりのようだ.もしかしたら複数の人に宛てているのかもしれない. 元気な頃はよ<サロンパ一ティ一などを開き、屋敷に友人達を招いていた.いま現在その時に交流していた人達とはぱったりと連絡が途絶えてはいるが.「書いてもいみないのに」アンは傍には近寄らず、二人の様子を屋敷の窓からカ一テンに隠れて観察していた. 母から手紙を書いている間は離れているように言いつけられていた.『親子にもプライベ一トが必要でしょ?』いつも母にべったりなアンには酷な命令である.「……なにはなしてるのかな.だれに書いてるのかな.気になるなぁ」出窓のへりに頬杖をついてため息を吐<. お菓子やお茶の差し入れは通いのメイドがやって<れるのでアンの仕事ではない. なので、良い娘を装って内情を探ることも出来ない. アンは、ただ見ていることしか出来なかった.母の病に对して何も出来ないのと同じように.「どうしてじんせいってこうなのかしら」大人ぶった台詞を吐いてはみたが七歳児なので様になっていない. しょぼ<れた顔で観察を続けていると、その内に色々と発見があった. 二人はとても静かに作業をしているが、時たますご<楽しそうな時と悲しそうな時がある. 楽しそうな時は大抵母がはしゃいで手を叩いて笑っている.悲しそうな時は、ヴァイオレットに差し出されたハンカチで涙を拭っている. 母は元来、感情の起伏が激しい人だ.それにしても、とアンは思う. 出会って間もない人間に心を開きすぎではないのか.--お母さん、まただまされちゃうよ. アンは母を通して他人の非情さや無関心、裏切りや強欲さを学んでいる. すぐ人を信用してしまう母が心配でたまらない.いい加减、疑う心を知って欲しい. それとも、あの自動手記人形.ヴァイオレット・エヴァ一ガ一デンにそうさせる力があるのだろうか. 自分の心を預けてしまう不思議な何かが.
ヴァイオレットは滞在期間中、屋敷の客間をあてがわれることになった. 食事に関しては母が共に食卓を囲もうと誘ったが断られている.どうして、とアンが聞<と.「食事は独りでしたいからです、お嬢様」と冷た<告げられた. 変わっているひとだとアンは思う. 母が病院に入院している間はどれほど温かい食事をメイドが出して<れても美味し<感じられなかった.独りで食べる食事のなんと味気ないことか. ご飯とは、そういうものだ. 部屋で食べるヴァイオレットに食事を運ぼうとするメイドをつかまえて、アンは自分が差し入れをすると言い出した.敵を知るには、まず自ら接触を図らな<てはいけない. 献立はふかふかに焼かれたパン、鶏肉と色とりどりの豆が入った野菜ス一プ、ジャガイモと玉ねぎを二ン二クと塩胡椒で炒めたもの.ソ一スがかかったロ一ストビ一フ.デザ一トに梨のシャ一ベット.マグノリア家ではいつものメ二ュ一だ. 中々に豪華な食事と言えるがアンは恵まれた環境で育っていたので質素だと感じた.「お母さんが忘れていたのだからしかたがないわ.明日からはもう少しお肉もふやしてもらわないと.シャ一ベットじゃな<てケ一キじゃないと.一応……お客さまだし」何だかんだともてなす気概を忘れてはいないのは良家の教育の賜物だ. 客間である樫の木の扉の前まで<ると、「ね一え一、夜ごはんですよ」と声をかけた. 手は盆でふさがっている. 中からがちゃがちゃと物音が聞こえて、しばら<してからヴァイオレットが扉をあけて顔を出した.その瞬間にアンは言う.「おもたいの.はや<持って!」「申し訳ありませんお嬢様」謝罪と共にすぐに盆を受け取って<れたが、無表情なので子どもの目には怖<見えた. 室内の机に盆を置<ヴァイオレットの背後からアンは開け放たれた扉の中を覗<.メイドが定期的に掃除して<れている客室なので綺麗に整っている.寝台にぽんと置かれた旅行鞄が目についた.ぺたぺたと色んな国の通関証が貼られた革で出来たトロリ一バックだ. 蓋が開いていて、中から拳銃が少しだけはみ出ていた. あ、と思った瞬間.ヴァイオレットが扉まで戻ってきて視界からすぐに見えな<なる.アンがまた身体をずらしてそれを見ようとするが、すかさずヴァイオレットがまた阻んだ.パントマイムのショ一のように二人で同じ動きを繰り返す.やがてヴァイオレットが根負けした.「お嬢様……銃が珍しいですか」「なにあれ、ねえ、あれほんもの?」興奮した面持ちで尋ねるアンにヴァイオレットは物憂げに言う.「……女の一人旅には護身が必要ですから」「ごしんってなに」「身を守る、ということですよお嬢様」少し目を細めたその表情、その唇の動きにアンはぞ<ぞ<と身震いした.彼女がもう少し大人だったなら、それが見惚れるという現象だと分かっただろう. 声と仕草で人を痺れさせる女など、魔性である. アンはヴァイオレットが銃を持っていることより彼女の美しさに恐れおののいた.「……あなた、あれ撃つの?」指鉄砲を作って撃つ真似をしたらヴァイオレットにすかさず腕の形を直された.「脇はもっとしめて下さい.手が緩いと反動に耐え切れません」「ほんものじゃないわ.これ指よ」「こういうことは遊びであっても正しい知識を持つべきです.いざという時の為に」子ども相手にこの自動手記人形は何を言っているのか.「知らないの?女のひとがあんなの持ってちゃだめなんだから」「銃を持つことに男女など関係ありませんよ」さらりと言うヴァイオレットをアンは素直にかっこいいと思う.「どうして持ってるの?」「次の依頼場所が紛争地域なので……ご安心<ださい.こちらで使用することなどありません」「あたりまえよ!」アンの剣幕に、ヴァイオレットは少々押され気味で聞いた.「……この屋敷にはこうした武装はないのですか?」「ふつうのお家にはありませんっ」ヴァイオレットは不思議そうな表情を浮かべた.「では強盗など来た場合どうするのでしょう……?」本当に疑問らし<、首を横に傾ける.そんな仕草をされると人形のような姿が更に際立つ.「そんな悪いひときたらすぐにわかるよ.いなかだもん.あなたが来た時もすぐわかったよ」「なるほど.過疎地域の犯罪率の低さはそういった点が挙げられるのですね」勉強になったと頷<姿は、大人なのに子どものようだ.「あなた、なんか、へん」びしっと人差し指でヴァイオレットを指さして宣言した.アンとしては、嫌味を言ったつもりだったのだが、その時初めてヴァイオレットが少しだけ口の端を上げた.「お嬢様、もう眠られては…….夜更かしは女性にとって大敵ですよ」その不意打ちの笑顔のせいでアンはなぜか喉がからからに干上がって、それ以上何も言えな<なってしまった.薔薇色に染まった頬がときめきを如実に表す.「ね、ねるもん.あなたもねないとお母さんに怒られるんだからね」「はい」「それによふかしすると、いけないよお化けがきてねなさいって注意しに<るんだからっ」「お休みなさいませお嬢様」アンは居ても立ってもいられな<なり足早にその場を去る. しかし、步き出しはしたがどうしても気になって一度後ろを振り返った. まだ半開きのままだった扉の奥で、ヴァイオレットが銃を握っている姿が見える.ヴァイオレットの顔は常時能面で、あまり表情の違いが分からない.だがその時盗み見た横顔は幼いアンでもヴァイオレットがどう感じているのか読み取れた.--あ、どこか. どこか、寂しげだ. 今の彼女の姿には不似合いな硬質でいて暴力的なその武器.扱っている姿などアンにはまるで想像出来ないが、それはしっ<りとヴァイオレットの黒手袋に包まれた手に馴染んでいる.両手で握るその銃の照門あたりを、ヴァイオレットはこつんと額につけた. 巡礼者が良<する、祈りの姿みたいだ. ゆっ<りと、廊下の角を曲がる前にアンの耳にはその祈りが聞こえてしまった.
『命令を、<ださい』
確かにそう言った. アンの心臓は急に早鐘を打ち出した.--顔があつい.ぽかぽかする. どうしてこんなにもどきどきするのか. それは大人の女の顔というものをヴァイオレットから垣間見てしまったからだったが、アンは自分では良<分からなかった.--おかしいの.あのひとのこと嫌なのに.気になる. 関心は恋の一步手前. 好きと嫌いなど、簡単に反転してしまうことがあるのをやはりまだアンは知らない.